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岡山地方裁判所 昭和39年(ワ)458号 判決

原告

矢野光雄

ほか一名

被告

旭タクシー株式会社

主文

一、原告等の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

(請求の趣旨およびこれに対する答弁)

原告等訴訟代理人は「被告は原告矢野光雄に対し、金一、七六〇、〇〇〇円及び右金員のうち一、六六〇、〇〇〇円につき昭和四一年二月一四日より一〇〇、〇〇〇円につき同四三年六月一〇日より各完済に至るまでそれぞれ年五分の割合による金員、同矢野文子に対し、一〇四、八〇〇円及びこれに対する同一九年七月三一日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

(請求原因)

一、原告矢野光雄は昭和二五年頃より岡山市上伊福西栄ケ崎磯野石材採掘場に勤務し、同矢野文子は、右光雄の妻であり、当時岡山県成徳学校に失対人夫として勤務し、被告会社は肩書地でタクシー業を営むものである。

二、原告矢野光雄は、昭和三九年三月一三日午後二時五五分頃、岡山市上伊福絵図町三四二番地のたばこ店(尾崎由子)方附近の市道を自転車に乗つて東進し、同所の交叉点を右折せんとしたとき、折から同交叉点に東から西へ進入してきた被告会社従業員運転手守屋正博の運転する被告会社所有事業用普通乗用車(登録番号岡五あ三三四三号、以下被告車という)に衝突せられ、その場に転倒し、頭蓋内出血、頭部、両手、右下腿挫創、左下腿骨折等の傷害を負つた。

三、右事故は運転者守屋が被告会社の事業の執行中に起したものであり、被告会社は被告車の運行供用者として原告等のうけた損害を賠償する責任がある。

四、原告光雄は受傷当日から同三九年六月一三日迄岡山済生会病院、同月一五日より同月一八日まで林精神科病院、同月二二日より協立病院にそれぞれ入院し治療を受けたが回復せず、脳障害、歩行障害等を残し生活能力を失つてしまい、原告文子の日雇労務者としての僅かな収入によつて辛うじて生活を支えている。

五、原告光雄、同文子の損害は、それぞれ次のとおりである。

(1)  矢野光雄の損害額 金一、七六〇、二一一円

(内訳)

一、金二七、七一一円(昭和三九年三月一三日より同年一二月一九日迄の間の見込み入院雑支出金)

一、金六三二、五〇〇円(一ケ月のうち日給一、二五〇円で稼動する日数を二二日として、同三九年三月一四日より同四一年二月一三日迄の五〇六日分の休業による失つた得べかりし利益)

一、金一、〇〇〇、〇〇〇円(受傷の苦痛と廃疾者同様の身体となつたことの精神的苦痛に対する慰藉料)

一、金一〇〇、〇〇〇円(弁護士費用)

(2) 矢野文子の損害額

金二〇八、七三六円

(内訳)

一、金八、七三六円(同三九年三月一三日より同年四月一二日迄の間光雄の附添看病のため日給収入喪失による損害)

一、金二〇〇、〇〇〇円(光雄受傷のため附添並びに同人が廃疾者同様の身体になつたことによつてこうむつた配偶者としての精神的苦痛に対する慰藉料)

六、よつて、被告会社に対し、原告光雄は前記五の(1)の損害額一、七六〇、二一一円のうち金一、七六〇、〇〇〇円と右金員のうち金一、六六〇、〇〇〇円に対する同四一年二月一四日から、金一〇〇、〇〇〇円に対する同四三年六月一〇日よりそれぞれ完済に至る迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を、同文子は前記五の(2)の損害額二〇八、七三六円のうち金一〇四、八〇〇円及びこれに対する同三九年七月三一日より完済に至る迄前同様年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

(請求原因に対する認否)

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、請求原因第二項については、原告光雄がその主帳の日時頃、自転車で進行中守屋正博の運転する被告会社所有の被告車と衝突して負傷した事実は認めるが、その余の事実は争う。特に衝突地点は原告主帳の交叉点内ではなく、同交叉点より一二乃至一三米西方に寄つた地点である。

三、請求原因第三項については、守屋が被告会社の事業執行中に本件事故を起したことは認めその余は争う。

四、請求原因第四項については、原告光雄が同三九年五月三一日迄岡山済生会病院に入院していたことは認めその余は知らない。

五、請求原因第五項については、慰藉料については争い、その他については不知。

(被告会社の抗弁)

一、免責の抗弁

(1)  被告会社も被告車の運転手守屋もともに本件事故当時、自動車の運行に関し、注意を怠つていない。

(2)  守屋は同交叉点を過ぎ道路の中心線の南側を時速二五ないし三〇キロメートルで西進し、被害者たる原告光雄は、飲酒のうえ雨中雨傘をさして自転車に乗り道路中心線の北側を同交叉点に向い東進していたのであるが、光雄は同交差点より十数米西方に寄つた所で、被告車との距離が急制動をかけても間に合わない約三・八米の至近距離に来たとき、突然右折し、中心線を越えて被告車の進路前方を横断しようとしたため、本件事故が生じたものである。およそ見とおしのよい直線道路上の交通において、対向してくる車両は直進のまま離合するものとの信頼の上で運転すれば足り、対向車両がいつ進路前方を横断するかも知れないことを予想して進行する義務はないといえる。本件事故は進路前方を見向きもないで右折横断せんとした原告光雄の一方的過失により惹起されたものであり、守屋にとつては、避けることのできない事故であつた。

(3)  被告車には構造上の欠陥または機能に障害はなかつた。

二、過失相殺の抗弁

かりに、右免責事由が認められないとしても、本件事故には、被害者光雄に前記のような重大な過失があるから、原告らの損害賠償額の算定につき考慮されるべきである。

(抗弁に対する認否)

一、抗弁第一項第一、第二号は否認、第三号は不知。

(証拠)〔略〕

理由

一、昭和三九年三月一三日午後二時五五分頃、岡山市上伊福三四二番地たばこ店(尾崎由子方)附近の市道で、被告会社の運転手守屋の運転西進する被告車と、自転車に乗り東進右折しようとした原告光雄とが衝突し、原告光雄が請求原因第二項記載の傷害を負つたことは当事者間に争いはない。

二、被告車が被告会社の所有に属し、守屋が被告会社の事業の執行中に本件事故を起したことは当事者間に争いがないから、被告会社は被告車を自己のため運行の用に供する者ということができる。

三、よつて、被告会社の免責の抗弁について判断する。

〔証拠略〕を合せ考えると、次の事実を認めることができる。

(1)  本件事故現場は、岡山市上伊福町所在通称師団通岡山いすゞモーター株式会社の建物南東角の交差点より西へ京山ロープウエー方面に通ずる市道、岡電、両備バスの野球場口停留所前附近路上であり、現場附近の本件道路の状況は、東西に走る幅員約七・三メートルの直線平坦な歩道車道の区別のないアスフアルト舗装道路であつて、南北に走る幅員約四乃至五メートルの未舗装の道路と十文字に交差しており、この交差点の北西角に尾崎由子たばこ店、南西角に木村屋パン絵図特約店がある。

(2)  守屋は本件道路の中心線南側を時速約三〇キロメートルで西進し前記交差点にかかり、一旦減速し、右交差点中心を通過する頃前方約三〇メートルの地点を傘をさし自転車にのり道路中心線の北側を対向してくる原告光雄を認めたが、そのまま進んでも十分に離合できる状況であつたので再び加速して交差点を過ぎ時速約二五メートルで約八メートル進んだ際、前方約六メートルの道路北側から、原告光雄が何らの合図もなく、突然右折を始め中心線を越えて斜めに被告車の進路に進入してきたため、守屋はとつさに急制動の措置をとつたがおよばず、交差点出口から約一三メートルの路上で被告車の前部が右自転車に衝突し、光雄は慣性の作用により被告車のボンネツト上部にすくいあげられ衝突後約一・八メートル進行して停止した被告車の右前方に投げ出された。

以上のとおり認められる。〔証拠略〕によるも右認定を左右するに足りず、他にこれをくつがえす証拠はない。

(3)  原告等は、本件衝突地点は前記交差点内であるといいその根拠として、

「(イ) 原告光雄本人が左側にたばこ屋の陳列台を見たので右折したと供述している。

(ロ) 守屋がいう時速一五キロメートル乃至二五キロメートルでは、被害者は単に自転車とともに押し倒されるだけでボンネツトにすくい上げられるようなことはなく、被害者の負協の程度からみても相当強い力で激突したことがうかがえる。」と主張するので判断する。

右(イ)の点について、原告光雄本人尋問の結果によるも、光雄は左側にあつたたばこ屋の陳列台が見えたので右に廻りかけた記憶があるといつているのみで、必ずしも陳列棚をすぐそばで左に見て右折したと述べたものとも断定できない。そして、検証の結果(第二回)によれば、前記陳列台は東西に走る道路と平行して存在しているのではなく、東北の方へ多少の角度をもつているが、右道路から全く死角にあるわけではなく、交差点の西方十数米手前からでもこれを目に入れることができることが認められる。右事実に〔証拠略〕を総合すれば、原告光雄は、右たばこ屋の陳列台を十数米左前方に見て早目に交差点手前で右折しようとしたと見るのが合理的であるといえるから、光雄本人尋問の結果から同人が交差点に達して右折したと認めることは困難である。

右(ロ)の点について、鑑定人樋口健二の鑑定の結果によれば、自動車の速度と被害者がボンネツトにすくい上げられることとは必ずしも関係がなく、時速五キロメートル程度の速度でも可能であることが認められ、この点に関する原告等主張も理由がない。

他に前記認定をくつがえし、本件衝突地点が交差点内であるとの原告等主張事実を認めうる証拠はない。

(4)  前記(2)の認定事実を前提にすれば、運転者守屋において、原告光雄の自転車運転の状況がそれ自体危険を感じさせるものであつたとか、あるいは自転車が中心線近くを走行してきていて離合に危険が予想される等特段の事情のない限り、原告光雄はそのまま直進し、従つて自車を安全に離合できるものと信ずることはもつともなことであり、前記各証拠によれば右のような特段の事情は存在しなかつたことが認められるから、守屋がかく信じて西進したことを責めることはできない。本件衝突は、原告光雄が対面進行中の被告車の存在に注意を払わず、何らの合図もしないで、急に右折し、被告車の進路前方に飛び出したため生じたものであつて、かかる場合守屋に本件事故について過失ありとするのは甚だ酷であり、本件事故は専ら原告光雄の前方注視を怠り危険な右折をした運転上の過失によるものといわざるを得ない。原告等は守屋は急制動をしたのみでハンドルを左に切ることをしなかつた旨非難するけれども、前記認定の近距離で急に進路前方に進入された運転者に、一瞬の間に、このような要求をするのは酷にすぎるばかりでなく、前記認定の経過によれば、多少ハンドルを左に切つたとしても衝突事故の発生を防ぐことはできなかつたと考えられるので、原告等の右非難は採用することができず、他に前記認定を左右する証拠はない。

(5)  前記(4)の認定事実に〔証拠略〕を合せ考えると、保有者である被告会社が被告車の運行について注意を怠らなかつたこと、被告車に構造上の欠陥又は機能障害がなかつたことを認めることができ、格別反対の証拠はない。

(6)  以上の次第で、自動車損害賠償補償法第三条但書の免責事由の立証があつたことになるから、被告会社は本件事故による原告等の損害を賠償する責任を負わない。

四、よつてその余の判断をまつまでもなく、原告等の請求はいづれも理由がなく失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 五十部一夫)

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